2024/04/22

【次太夫堀・六郷用水 22】六郷水門

六郷用水の「蛸の手」から六郷水門を目指して歩きましたが、なかなか辿り着くことはできませんでした。がっくりしていたとき、またこの「六郷用水物語」の案内板が目に入りました。


こちらが昭和6年に作られた六郷水門です。


六郷用水は農業用水としての役目は終了して、その後は生活用水の処理を行うようになりました。

「郷」のマークが可愛いですね。


右から書かれています。


「六郷水門」の案内です。


ここには釣りをする人や、土手をのんびりと散歩する人たちがいました。

その後はまたあちこち間違えて、雑色駅まで戻りました。そのときもこちらの「六郷用水物語」のポールが目に付くと、安心したものです。


途中、六郷神社という立派な神社がありました。


ようやく雑色駅に到着。


この日、歩いたルートです。








【次太夫堀・六郷用水 21】「蛸の手」

今回は、六郷用水の中で、大田区にある「蛸の手」と呼ばれるところを探しに行った時の話です。

まずはJR蒲田駅から出発。


こちらは近くの西蒲田公園にあった案内板です。
これを頼りに歩きましたが、現在は用水の跡も何もない普通の道なので、ずいぶんと迷いました。

あちこち迷いながら歩いてようやく着いた「蛸の手」は、用水が四方八方に広がっている場所でした。ただしそういう名前が付いていなくても、あちこちに五叉路や六叉路のように分離している場所はたくさん見かけました。


「蛸の手」から先は、四方八方に広がっていましたが、どこに行くべきか、よく分からなかったので、いちおう六郷用水はここまで来たので、満足しました。

ここは現在はJRの電車基地となっていました。
電車オタクにとっては楽しい場所だと思います。

この後は、やはり何の変哲もない現代的な道路を歩いて、雑色駅方面に向かいました。

このときのブログ▼です。



【次太夫堀・六郷用水 20】丸子川 尾山台から多摩川駅へ 2

東急多摩川線の尾山台駅から多摩川駅まで、丸子川に沿って歩いたときの続きです。

まず、珍しい水道施設がありました。

「鷹の圦樋門映像監視局」というところの設備でした。


ここには丸子川から分かれた支流もありました。こういう水の流れを眺めるのは楽しいものです。


しばらく歩いて行くと、多摩川河川敷・田園調布先・二子橋一帯という広いところがありました。

その先は、太い道路(多摩堤通り)になり、バスやトラックが走るようなところでした。


丸子川もだんだんと細くなり、ドブ川のような雰囲気になっていました。


多摩川の反対側を見渡すと、高層ビル群が見えました。
武蔵小杉の町でしょうか。


目の前には東急電車が走っていました。


川の反対側は、大田区立多摩川台公園です。とても広い公園です。


沼部橋の近くで、何回も見てきた「六郷用水物語」のマークに再会できました。
やはり丸子川は六郷用水と繋がっていたのですね。


この日、通過した橋:
中ノ橋、荏野橋(えのはし)、下ノ橋、宝来橋、小島橋、無名橋、後藤橋、丸子橋、沼部橋



【次太夫堀・六郷用水 19】丸子川 尾山台~多摩川へ 1

この日は、再び尾山台駅から丸子川を歩きました。世田谷区から大田区にかけての地域となります。

尾山台には東京都市大学があるので、多くの学生の姿を見かけました。

その先はかなりの豪邸が建ち並んでいました。

それでもこんな崖っぷちに建っている家もありました。


橋や川もきれいに整備されていました。


こちらは途中で見かけた案内板です。
左下の方から、青い線(丸子川)に沿って、上の方に向かって歩きました。
田園調布も割と近いのですね。

丸子川に架かる橋もたくさんありました。

稲荷橋、浄楽橋、無名橋、西根橋、中の橋、北原橋、八幡橋、天慶橋、尾山橋、上の橋、吹上橋、庵谷橋、八幡橋。

このときのブログ▼です。



2024/04/21

【次太夫堀・六郷用水 18】丸子川 二子玉川から尾山台2

丸子川を二子玉川駅から歩いたときの記録の続きです。

野毛から玉堤のあたりで、矢沢川との合流地点がありました。

ちょうど工事中でした。矢沢川の浸水を防ぐための工事だそうです。


こちらは矢沢川。轟音が響いていました。


玉堤のあたりで、びっくりした出会いがありました。

「次太夫堀」と書かれた石の標識が建っていたのです。

やはり丸子川は次太夫堀とも呼ばれていたのでしょうね。


尾山台のあたりには、狐塚古墳というのがありました。


この日は、東急大井町線の尾山台駅で終了しました。

【次太夫堀・六郷用水 17】丸子川 二子玉川~尾山台1

 2023年12月、また丸子川歩きを再開しました。

このルートは、次太夫堀公園から二子玉川駅まで歩きましたが、今回はその続きです。

まずは二子玉川駅で下車しました。


このあたりは、個人の家の前に丸子川が流れていて、そこに橋を架けて、家の中に入る作りになっていました。それで町中、橋だらけですが、橋には名前は付いていません。

しばらく歩くと、上野毛自然公園がありました。


第三京浜の下もくぐりました。
橋のある町を歩き続けました。

こちらは善養寺。とても大きくて立派なお寺でした。


このとき通過した橋:
調布橋、堺橋、松風橋、星雲橋、稲荷橋、倉田橋、岸橋、宮下橋、大日橋、流見橋、東橋、天神橋


【次太夫堀・六郷用水 16】狛江の水神社・伊豆美神社

再び、狛江市にある水神社へ行きました。小泉次太夫が祀られている神社です。

ここはかつては伊豆美神社がありましたが、1550年に大洪水があり、そのため神社はもう少し川から離れたところに移転しました。

現在の伊豆美神社です。


こちらは水神社の近くにある、六郷用水取り入れ口の様子です。


そして1597年、ここに水神社が建てられました。

二つの神社は、自転車で数分くらいの距離のところにあります。


このときのブログ▼です。



【次太夫堀・六郷用水 15】こんどは南堀へ

前回は六郷用水の南北引き分け地点から北堀を歩きましたが、今回は下丸子駅から南堀を通り、蒲田駅まで歩きました。

前回は紫の矢印、今回はオレンジ色の矢印です。

こちらは南北引き分け地点の地面に埋められていた地図です。


このあたりは、昔の面影はほとんどなくなっていました。

こちらは「六郷用水物語」に描かれていた昔の堰のようすです。筵などで水量を調節して、また分水もしていたことが分かります。


環状8号線や第二京浜などの広い道路を渡るのは一苦労でした。


こちらは小泉次太夫が1597年から測量を始めたことが書かれています。
測量は多摩川左岸の六郷用水と、多摩川右岸の二ヶ領用水を交互に行ったということでした。


これで北堀と南堀の両方を歩き、蒲田駅まで到着したのでした。




【次太夫堀・六郷用水 14】南北引き分け~蒲田駅まで

六郷用水歩きの続きです。

このときは、東急線の鵜の木駅からスタートして、蒲田駅まで歩きました。


鵜の木駅から少し歩いたところに、南北引き分けという地点がありました。


ここは池上・新井宿方面への北堀ルートと、蒲田・六郷方面への南堀に分離している地点です。

このときは北堀ルートを歩きました。
郷土博物館でいただいた地図を頼りに歩きましたが、あちこちに「小泉次太夫物語」という標識が建っているので、安心できました。

こちらは彼の生家についての紹介です。


こちらはかれの川崎の基地についての紹介です。


しばらく歩いて行くと、池上本門寺の参道に出ました。


その後、六郷用水の跡地は、呑川と合流します。
このあたりは「中土手」と呼ばれていました。


その後、呑川に沿って池上駅まで歩きました。

このとき通過した橋(呑川にかかる橋):
堤方橋、一本橋、上堰橋、日蓮橋、日蓮歩道橋、若宮橋、太平橋、双流橋、山野橋、馬引橋

このときのブログはこちら▼


2024/04/15

【次太夫堀・六郷用水 13】大田区立郷土博物館へ

2023年11月、西駒込にある大田区立郷土博物館へ行ってみました。

この地域では、六郷用水の研究や資料保存に努めていました。

とても立派なガイドブックも作成していました。


 このときのブログ▼はこちら。


新しいブログの開設

新しいブログを開設しました。 「note」にしようかとも思いましたが、ガイド本を読んでも、やり方がなんだかよく分からない。 それなら昔からやっている、こちらGoogleのブログをもう一つふやしたほうが楽なのかと思いました。どんな風になるか、試してみましょう。 上の写真は、一番最近...