二ヶ領用水は江戸時代に作られ、川崎市を流れる用水ですが、全長は32キロほどだそうです。
この用水をほぼ1年間かけて、歩きました。
用水の始点は二ヵ所あり、一つは南武線の稲田堤駅近くにある上河原堰堤、もう一つはやはり南武線の宿河原駅近くにある宿河原堰堤です。
これらが別々に流れていって、久地駅の近くで一つになり、そして川崎方面まで流れていきます。
私は上河原堰堤のコースは向ヶ丘遊園駅近くまでしか歩いていなかったので、2023年11月、かつて向ヶ丘遊園地があった場所から久地駅まで歩きました。
二ヶ領用水は江戸時代に作られ、川崎市を流れる用水ですが、全長は32キロほどだそうです。
この用水をほぼ1年間かけて、歩きました。
用水の始点は二ヵ所あり、一つは南武線の稲田堤駅近くにある上河原堰堤、もう一つはやはり南武線の宿河原駅近くにある宿河原堰堤です。
これらが別々に流れていって、久地駅の近くで一つになり、そして川崎方面まで流れていきます。
私は上河原堰堤のコースは向ヶ丘遊園駅近くまでしか歩いていなかったので、2023年11月、かつて向ヶ丘遊園地があった場所から久地駅まで歩きました。
次太夫さんの顔のある台和橋を見て、その後は二ヶ領用水の右岸を歩くことにしました。
前回は左岸を歩いたのですが、やはり見える風景も少し違っていました。
のどかな風景が続きました。
このあたりは梨の産地なので、一本圦(いっぽんいり)橋の欄干には梨の花のレリーフがありました。
2023年11月、再び、小泉次太夫の顔がある橋に行ってきました。
この時は、以前とは反対のルートで行きました。
小田急線の向ヶ丘遊園駅から出発して、二ヶ領用水を遡ることにしました。
2023年11月には、川崎市内にある小泉次太夫のお墓に行きました。
妙遠寺という日蓮宗のお寺です。
このときのブログはこちら▼です。
2023年10月、JR南武線の稲田堤駅から二ヶ領用水上河原堰堤に向かって歩きました。
何回も用水を見失ったり、行き止まりになったり、同じ場所を何回もあちこち往復したり、三沢川を行き来したりしましたが、最終的には中之島駅まで辿り着くことができました。
武蔵小杉から鹿島田まで二ヶ領用水を歩いた時の、後半の記録です。
まずは横須賀線をまたぐ御幸跨線橋を渡りました。
跨線橋の上から眺めた風景です。巨大な団地が並んでいました。
二ヶ領用水はいったん見えなくなってしまいましたが、その後、また用水が現れてほっとしました。
だんだん水の流れが細くなりましたが、平間浄水場の近くでは、「わが国最初の工業用水」を見つけました。昭和14年に、工業用水として取水されたそうです。
このあたりの橋は、可愛い橋、寂れた橋、金ぴかの橋、無名橋などバラエティに富んでいて、面白かったです。
また緑道も整備されていて美しく、川崎のイメージが変わりました。
終点の鹿島田駅周辺は、高層マンションが建ち並んでいました。
この時、通過した橋:
大鹿橋、さくら橋、長寿橋、無名橋、朱印橋、かしまだ橋
この時のブログはこちら▼。
2023年10月に二ヶ領用水を歩いた時の記録です。
この時は、武蔵小杉にある川崎市中原区役所から出発して、JR鹿島田駅まで歩きました。
2023年10月、川崎市の中原区役所へ出かけました。
その後、家康が休憩所に使ったという小杉御殿跡へ向かいました。
小泉次太夫が用水の工事中に利用した陣屋跡。ここで工事の指揮をしたそうです。
しばらく間があいてしまいましたが、2023年10月、ふたたび川崎市多摩区にある「二ヶ領せせらぎ館」に行ってみました。
この時は前回とは別のルート(宿河原駅の北側から出発)で行きましたが、これがとんでもない道で、大回りとなってしまいました。
それでも美しい堰堤の風景に出会うことができました。
2023年3月の二ヶ領用水巡りは、桃の花の季節でした。
たくさん歩いて、武蔵小杉の駅の先まで進みました。
この時は川崎市中原区役所にも寄ってみました。
この時、通過した橋はこちら:
大ヶ谷戸橋、無名橋、宮内6号橋、宮内5号橋、宮内4号橋、宮内3号橋、上家内橋、家内橋、無名橋、薬師橋、無名橋、白田橋、神地橋、上小田中三号橋、上小田中二号橋、上小田中一号橋、松尾橋、山王橋、今井上橋、無名橋、今井仲橋、小杉町1号橋
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長い二ヶ領用水ですが、下流の方に近づいてくると、だいぶ風景も変わってきます。
今回は溝の口から武蔵中原まで歩いた時の記録です。
新しいブログを開設しました。 「note」にしようかとも思いましたが、ガイド本を読んでも、やり方がなんだかよく分からない。 それなら昔からやっている、こちらGoogleのブログをもう一つふやしたほうが楽なのかと思いました。どんな風になるか、試してみましょう。 上の写真は、一番最近...