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2024/04/05

【二ヶ領用水】26 ふたつの二ヶ領用水が繋がりました

 二ヶ領用水は江戸時代に作られ、川崎市を流れる用水ですが、全長は32キロほどだそうです。

この用水をほぼ1年間かけて、歩きました。

用水の始点は二ヵ所あり、一つは南武線の稲田堤駅近くにある上河原堰堤、もう一つはやはり南武線の宿河原駅近くにある宿河原堰堤です。

これらが別々に流れていって、久地駅の近くで一つになり、そして川崎方面まで流れていきます。

私は上河原堰堤のコースは向ヶ丘遊園駅近くまでしか歩いていなかったので、2023年11月、かつて向ヶ丘遊園地があった場所から久地駅まで歩きました。


向ヶ丘遊園地の駅近くには、五ヵ所堀緑地がありました。
このあたりはかつては登戸、宿河原、長尾、堰、久地の5つの村でした。


この近くには、かつて向ヶ丘遊園がありました。その敷地跡にはきれいなバラがたくさん植えられていました。


藤子不二雄ミュージアムなども通りました。

こちらは出会い橋。

この近くで、ふたつの二ヶ領用水が合流します。


いつまで見ていても、飽きない風景でした。


これでふたつの二ヶ領用水が繋がったのでした。


このとき通過した橋:

稲生橋、朝日橋、本村橋、無名橋、新開橋、長尾橋、まるいけはし、長芝橋、下綱橋、出会い橋、新明橋、鷹匠橋

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【二ヶ領用水】25 再び次太夫さんの橋へ 2

次太夫さんの顔のある台和橋を見て、その後は二ヶ領用水の右岸を歩くことにしました。

前回は左岸を歩いたのですが、やはり見える風景も少し違っていました。

のどかな風景が続きました。

このあたりは梨の産地なので、一本圦(いっぽんいり)橋の欄干には梨の花のレリーフがありました。


反対側には梨の実がありました。
おいしそうな橋でした。


のんびりと歩いて、JR南武線の中野島駅まで到着しました。


この時に通過した橋:

こうや橋、一本圦橋、橋本橋、新川橋、無名橋多数、沖川原橋、北星橋、田村橋、中野島橋

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【二ヶ領用水】24 再び次太夫さんの橋へ 1

2023年11月、再び、小泉次太夫の顔がある橋に行ってきました。

この時は、以前とは反対のルートで行きました。

小田急線の向ヶ丘遊園駅から出発して、二ヶ領用水を遡ることにしました。


途中、小田急線の跨線橋を渡りましたが、下を覗くと線路がたくさんあるので、ちょっと怖かったですね。

しばらく歩くと、懐かしい台和橋が見えてきました。
緑色の手すりがきれいです。


こちらが小泉次太夫さん。
「川崎の育ての親 二ヶ領用水」と書かれています。


私はこの顔に興味を持ち、ほぼ1年間かけて、二ヶ領用水を歩いて来たのでした。

こちらは何の花でしょうか。


この時に通過した橋:

稲生(いなお)橋、飯室橋、おいわけ橋、南橋、小泉橋、新川橋、無名橋、台和橋

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【二ヶ領用水】23 川崎・妙遠寺詣で

2023年11月には、川崎市内にある小泉次太夫のお墓に行きました。

妙遠寺という日蓮宗のお寺です。


まずは次太夫さんの像にご挨拶。


お墓は、奥方様と並んでいました。


「小泉次太夫巡検図」もありました。


その後、「川崎宿交流館」というところまで足を伸ばし、小泉次太夫の紹介展を見てきました。
ちなみに川崎宿ができて2023年で400年だそうですが、次太夫はその年に亡くなって
いました。


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【二ヶ領用水】22 稲田堤から上河原堰堤へ

2023年10月、JR南武線の稲田堤駅から二ヶ領用水上河原堰堤に向かって歩きました。

何回も用水を見失ったり、行き止まりになったり、同じ場所を何回もあちこち往復したり、三沢川を行き来したりしましたが、最終的には中之島駅まで辿り着くことができました。


そして美しい二ヶ領用水の堰に出会うことができました。いつもは多摩川左岸から眺めている堰です。


水の施設がいろいろありました。


その後は、のどかで美しい二ヶ領用水に沿って歩きました。


この日、通過した橋:

管稲田堤6号橋、無名橋、多摩八号橋、布田橋、ふだっ子ばし、中の島橋

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【二ヶ領用水】21 武蔵小杉から鹿島田まで 2

武蔵小杉から鹿島田まで二ヶ領用水を歩いた時の、後半の記録です。

まずは横須賀線をまたぐ御幸跨線橋を渡りました。

跨線橋の上から眺めた風景です。巨大な団地が並んでいました。

二ヶ領用水はいったん見えなくなってしまいましたが、その後、また用水が現れてほっとしました。

だんだん水の流れが細くなりましたが、平間浄水場の近くでは、「わが国最初の工業用水」を見つけました。昭和14年に、工業用水として取水されたそうです。

このあたりの橋は、可愛い橋、寂れた橋、金ぴかの橋、無名橋などバラエティに富んでいて、面白かったです。

また緑道も整備されていて美しく、川崎のイメージが変わりました。

終点の鹿島田駅周辺は、高層マンションが建ち並んでいました。

この時、通過した橋:

大鹿橋、さくら橋、長寿橋、無名橋、朱印橋、かしまだ橋

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【二ヶ領用水】20 武蔵小杉から鹿島田まで 1

2023年10月に二ヶ領用水を歩いた時の記録です。

この時は、武蔵小杉にある川崎市中原区役所から出発して、JR鹿島田駅まで歩きました。


20回目では、最初の部分、武蔵小杉から半分くらいのところまでの紹介をします。

用水の近くは、とても歩きやすい道でした。


この地域ではいろいろな鉄道が交差していました。
東横線を渡り、東海道新幹線の下をくぐり、横須賀線の御幸跨線橋を渡りました。

また川崎平和記念館がある広い平和公園を歩きました。


この時、通過した橋:
今井仲橋、今井南橋、今井中央橋、今市橋、仲よし橋、和合橋、昭和人道橋、昭和橋、
他にも無数の無名橋がありました。

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【二ヶ領用水】19 武蔵小杉の御殿跡と陣屋跡

2023年10月、川崎市の中原区役所へ出かけました。


ここで徳川家康の大河ドラマに関する展示がありました。その展示はあまり収穫はありませんでしたが、受付の方がとても親切で、小泉次太夫に関連するこのあたりの地図や資料をいただくことができました。

その後、家康が休憩所に使ったという小杉御殿跡へ向かいました。


その近くにある西明寺。家康もこのお寺を崇敬していたようです。

小泉次太夫が用水の工事中に利用した陣屋跡。ここで工事の指揮をしたそうです。


彼が建立した妙泉寺祖師堂跡。


その後、中原街道を通り、新丸子の駅まで歩きました。


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【二ヶ領用水】 18 ふたたび「せせらぎ館」へ

しばらく間があいてしまいましたが、2023年10月、ふたたび川崎市多摩区にある「二ヶ領せせらぎ館」に行ってみました。

この時は前回とは別のルート(宿河原駅の北側から出発)で行きましたが、これがとんでもない道で、大回りとなってしまいました。

それでも美しい堰堤の風景に出会うことができました。


宿河原の取り入れ口。



小田急線が多摩川を渡るところでした。

その後は登戸まで歩きました。

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【二ヶ領用水】17 武蔵中原~武蔵小杉 橋巡り

2023年3月の二ヶ領用水巡りは、桃の花の季節でした。

たくさん歩いて、武蔵小杉の駅の先まで進みました。


途中、ちょっと寄り道をして、泉沢寺というお寺にも行ってみました。ここはかつては世田谷区にありましたが、焼失してしまい、川崎に移ったという寺でした。

この時は川崎市中原区役所にも寄ってみました。

この時、通過した橋はこちら:

大ヶ谷戸橋、無名橋、宮内6号橋、宮内5号橋、宮内4号橋、宮内3号橋、上家内橋、家内橋、無名橋、薬師橋、無名橋、白田橋、神地橋、上小田中三号橋、上小田中二号橋、上小田中一号橋、松尾橋、山王橋、今井上橋、無名橋、今井仲橋、小杉町1号橋

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【二ヶ領用水】16 武蔵中原~武蔵小杉まで

2023年2月の寒い日に、二ヶ領用水を歩いた時の記録です。

南武線の武蔵中原から、武蔵小杉まで歩きました。


このあたりは、昔から桃の栽培が盛んなところでした。


二ヶ領用水の際には、美しい桃の花が満開でした。


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【二ヶ領用水】15 溝の口~武蔵中原 

長い二ヶ領用水ですが、下流の方に近づいてくると、だいぶ風景も変わってきます。

今回は溝の口から武蔵中原まで歩いた時の記録です。


武蔵中原あたりは、富士通村でした。あちこちに大きな工場が建っていました。


寒い日でしたが、十月桜が咲いていて、ほっとさせられました。

このとき通過した橋:

宮内8号橋、竹橋、宮内7号橋、大ヶ谷戸橋、宮戸橋、宮内6号橋、宮内5号橋、宮内4号橋、宮内3号橋、上家内橋

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新しいブログの開設

新しいブログを開設しました。 「note」にしようかとも思いましたが、ガイド本を読んでも、やり方がなんだかよく分からない。 それなら昔からやっている、こちらGoogleのブログをもう一つふやしたほうが楽なのかと思いました。どんな風になるか、試してみましょう。 上の写真は、一番最近...